戦時文書


資料名 年号 特記事項
献納兵器命名式次第 昭和16年
飛行機命名式次第 昭和16年
軍用機献納資金提供者関連記事 昭和16年 昭和16年(1941)全国的な兵器献納運動が展開し、青森県でも「百万一心」の標語のもとに募金し艦上戦闘機を献納することになった。その頃の東奥日報には次の記事が載っている。
東奥日報記事
感心な二少年
北郡内潟村今泉校六年神成敬三、同三年小山内健三郎の両君は本社の軍用機献納運動に喜んで参加し村民に呼びかけて幾らでもいいから献金したいと運動を開始した結果十八円五十銭の募金を見るに至ったので葛西校長から二十二日本社五所川原支局へ寄託となった
常会の誓 昭和16年 「常会」は、市町村、部落、隣保(隣組)等の各段階に組織され、昭和15年(1940)通達により始まった。国、県からの指示伝達は、市町村常会→部落常会→隣保常会の順に伝えられた。常会は初めに国民儀礼として、「宮城遥拝」、「祈願黙祷」を捧げ、その後「常会の誓い」を全員で朗読をし、それから「伝達報告事項」、そして「申合せ事項」という順序で進行した。また、部落常会(町内会)等には、大政翼賛会推進員が幹部として加わっていた。
酒配給通知書 昭和20年 内潟村長より
今回二月、三月分一般酒入荷致し一戸当り七合の割当に付き配給所と連絡の上購入する様及御通知候也以上
但し購入期日は五月三十日限りとす以後配受の効なし
単位商業報国会再編成ニ関スル件 昭和20年 青森県商業報国会金木支部長より
戦局は今や苛烈を短め、皇国の隆替は真に?りて今日に在り陸海将兵は必勝の信念を以て敢闘しつつあるに呼応し?に憤激を新にし、特攻精神を以て本年度掉尾の総努力を商報運動に傾倒し、我が幾多の難関を突破するの戦果を挙げ戦力増強と経済秩序の維持とに遺憾なからしむる趣旨を以て、今般県本部の指示に依り、各単位商報の再編成を実施することと相成候に付左記に依り格段の御協力を賜度此段及通牒候也

一、別紙新商業報国会規約に依ること
一、四月中に決定の上別紙様式に依り商報会員名簿提出のこと
一、各商報会長は従前通り留任を希望するも若事情止むを得ざる場合は貴殿より適任者推薦のこと
一、会員加入の資格は商業者に限ること、但し第一次、第二次整備の全廃者は除くこと
一、会員は店主を主とするも従業員は加入せしむること
松根並楮根採取ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
航空機液体燃料緊急確保の要請に従ひ、本村に対して採油窯二基を設置し、本月より採油することと相成候。之が原料たる松根及を左記の通り割当決定致候条、来る四月十日より五月十日までに村民を根こそぎ動員の上採取せしめ全量を絶対確保する様格段の御尽力相煩し度依命此段及通牒候也
稲苗調整ニ伴フ件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
首題の件に関しては先般来各機関を通し対策を講じせしめ置きたるも部落即ち小隊に依りては真面目を欠くが如き傾向ある声も有之候条貴職に於て全国的に監督且つ指導の上内潟村より稲苗の移流を防止植付の完璧を期せしめられ度候也
稲苗調整ニ関スル件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
首題に付去る二十五日付を以て各中隊長に対し通知致置候得共仄聞するに村外に離稲苗の不心得者も出現しある傾向あるを以て厳重監督の上左記事項の趣旨を徹底せしめると共に違反者有之場合は直ちに報告相成度候
左記
第一項各部落単位に植付完了せしめるは勿論七月七日までに古田の植付完了せしむる目的なるにより全面的に労力の調整問題をも勘案すると共に本件に付ては本部に通達ありたし
第二項本命令に違反したる場合の措置方法
農業統制令違反の処罰
(1)事案の原因に基き飯米其他配給物資の停止を為す
(2)第三項村内植付完了後農業会を通し他町村へ移出す
戦時繊維並単寧資源非常生産割当ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
戦時繊維需給の現状に鑑み、本年度に於ても雑繊維の徹底的採集猶軍需並に生産拡充資材として皮鞁鞣製並に媒染又は染色に不可?なるタンニン原料の自給態勢の確立は、刻下の喫緊要請なるに鑑み、生産増強を期する事と相成左記の通り割当数を絶対確保相成様御協力相煩度此段及依命通牒候也
昭和20年度産馬鈴薯供出割当ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
本年度の食糧需給事情に関し、夙に御了知の上毎度御配慮を煩し、標記の件其の筋の命に依り左記の通り部落別割当候に付是が個人別割当は各部落に於て割当の上、左記に依り来る本月二十四日迄に御回報相煩度此段及通牒候也

一、本村割当級数量六八三俵、一俵は十五貫入とす
緊急山菜供出方依頼ノ件 昭和20年 昭和20年招集等によって働き手を失った農村地帯では不耕作田が続出した。武田村では数十歩の水田が放置せざるを得ない状況となり、弘前師団郷土防衛隊が出動して田植が行われた。その際に、食糧補給に内潟村に山菜を供出する様依頼したものである;

首題の件に関し今般郡下に於て最も至難とせる数十町歩の不耕作田解消すべく、隣村武田村へ軍部出動致事と相成候
間此れが給与に関し県当局より左記数量供出納入すべく命有之候条緊急にして且農繁期中御多忙の折柄誠に恐縮に候
へ共明二十日午後五時必着を以て左記の通り必ず当農業会迄納入相成度此段依命通牒旁々及御依頼候也

一、みず二五貫
一、ふき四〇貫
一、たけのこ一五貫
松根並楮根採取ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
航空機液体燃料緊急確保の要請に従ひ、本村に対して採油窯二基を設置し、本月より採油することと相成候。之が原料たる松根及を左記の通り割当決定致候条、来る四月十日より五月十日までに村民を根こそぎ動員の上採取せしめ全量を絶対確保する様格段の御尽力相煩し度依命此段及通牒候也
水田除草ニ義勇隊出勤ニ関スル件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
各中隊長は、隊員を総動員して、積極果敢に且つ適期に管内水田除草作業を完遂すべし。出動に当りては、左記に留意し、指令ありたる時は、他管内へも出動し得る如き態勢にあるべし。

一、各中隊長は農家隊員をして一斉適期に作業を励行せしむると共に非農家隊員をして左に依り出動せしむること
○隊員の職能に応じ、隊毎に除草に経験者を選定し班を編成すること
○必要により未経験者にも出動せしめ経験者を指揮者とすること
○隊員に対して水田除草の重要性を認識せしめ熱意ある奉仕をなさしむること
農兵隊受入増員ニ伴フ布団一時借用ニ関スル件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
八月五日四百名来援スルニ付四日午前中ニ役場着ノ予定ニテ貸出手続ヲ行フコト

割当三十五枚
備考貸出者ハ各自布団ニ名札ヲ附スルコト
布団ノ種類ハ何レニテモ可トス
隊員選定ニ関スル件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
中隊内デ特ニ命令ニ服従セズ統制上困ル隊員ヲ選定シテ至急報告相成度候也
記 土工作業に万能なる者三人
義勇兵役服役届ニ関スル件依頼 昭和20年 国内を防衛する兵員の不足に対処するため、義務兵役の年限を上下に延長してこれを義勇兵役と名づけた。;
内潟村国民義勇隊長より
義勇兵役法第二条ニ依リ 男子ハ年令十五才ニ達スル年ノ一月一日ヨリ年令六十才ニ達スル年ノ十二月三十一日迄 、 女子ハ年令十六才ニ達スル年ノ一月一日ヨリ年令四十才ニ達スル年ノ十二月三十一日迄 ノ者ハ、義勇兵役ニ服シ、且ツ来ル三十一日迄ニ義勇兵役服役届出ヲ要スベキニ付、管内該当者ヲ便宜貴職ニ於テ調査ノ上左記様式ニ依リ速ニ名簿ヲ調製シ本名氏名下ニ捺印セシメ服役届ニ代ヘ、来ル七月二十一日迄ニ提出相成度此段御依頼候也
富籤発行割当ニ関スル件 昭和20年 内潟村農業会長より
標記の件に関し左記の通り割当候間御多忙中恐縮ながら来る本月四日午前十時迄に印鑑御持参の上御来場相成現物引取の上貴管下に可然御配分相煩度此段及依命通牒候也

一、本村割当総額金四六五〇円也此枚数四六五枚
一、部落割当左の通り
燈火管制強化ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
標記町件に関しては?々注意を喚起し居り候へ共緊迫せる現下防空陣の完璧を期する為め左記事項厳守方御指導相煩度
記△即日実行の事
一、各家庭に於ては夜間の照燈と同時に警戒管制実施すること
二、午後八時より一斉消燈すること
◎午後八時以降特別の事情に依り照燈せんとする者は遮光準備完全に為すこと
◎違反したる者は電燈取はずす旨有之候に付申添候
敵機来襲前後措置ニ伴フ件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
敵機空襲に際しては機銃掃射に対する防衛方法に就て最良の対策を樹立しある事と存じる次第なるも、去る十五日午前六時四十五分の空襲は、当地方として最初の事なる為、避難の実情は其の人によって程度を過ぎるのみならず、其後に於ける状況は流言に惑はされ、若しくは個人勝手なる憶測に因り、昨十六日以来一回の警報すら無きに拘はらず帰宅は愚か荷物の運搬に吸々たる有様は慨嘆に堪へざる次第なり。斯様な事態を持続せしめるに於ては、食糧増産は言に及ぼず、敵米英の謀略に完全に引懸る事にして、帝国の前途洵に憂慮さるるを以て、毎戸には労働に耐へ得る者は、必ず自己の産業に従事し、且つ空家にすることを絶対に禁ずる事を原則に、直ちに下山せしめる様殊に指導命令相成度候
空襲ニ依ル被害地跡片付ニ隊員出勤方ノ件 昭和20年 内潟村国民義勇隊長より
各位も御承知の通り去る七月十五日の朝敵機来襲に依り本村大字薄市部落に数個所の被害地発生せり之を放任する時は交通の不便、人心の動揺を来す慮有りと思考す、依って之が跡片付を左記に依り実施致すに付き隊員出動方御取計相成度此段及通知候也

一、出動人員各中隊より一個小隊
二、出動の時七月二十一日午前七時
三、集合場所内潟村役場前
四、服装労働軽便なる服装
五、携行品釣、スコップ
戦死者合同村葬執行通知 昭和20年 内潟村長より
肩書ノ地域ニ於テ名誉ノ戦死ヲセラレタル右勇士遺骨今般到着致候ニ付来ル九月十六日午後一時当村薄市国民学校ニ於テ合同村葬執行仕候間御会葬相成度此之段御通知申上候
青森空襲罹災ニ依ル山菜非常供出割当ニ関スル件 昭和20年 内潟村長より
標記ノ件ニ関スル其ノ筋ノ命ニ依左記ノ通リ供出割当候ニ付可應御取計ノ上是非供出相願度通牒候也

薄市部落 割当数量 貳百五拾貫
今泉部落 割当数量 弐百五拾貫
斗 五百貫
供出日時 明二日午後五時
場所及集荷所 本村村々場前
追而三日午前中ニ「トラック」ニ依リ搬出致可ク候ニ付遺憾ナキ様御手配相成度為念申添候也
東北軍管区防空情報解説要図
薄市国民学校空襲弾 昭和20年(1945)7月15日中泊地域においては、米艦載機の小型爆弾投下ならびに機銃掃射により、薄市で死者3名・馬1頭、下高根で死者1名、住宅1戸破壊、小泊国民学校全壊、薄市国民学校一部損壊等の被害が生じた。